海をください
その昔、誰かに訊かれたような記憶がある。
「空を自由に飛べるのと水にずっと潜れるのと、どっちがいい?」
なかなか、悩ましい質問だと思う。どっちも人間にはできないことだし、それ故に一度はやってみたいことだからだ。
昔から、折に触れて見る夢がある。
シチュエーションは様々だが、共通しているのは一つ、私が飛んでいるということだ。地を強く蹴り、何もない空中へ飛び上がる。そういう夢を時々見る。
えらくはっきりした夢で、夢の中での感覚が体に残っていることがある。足下に何もないことの違和感。下降するエレベーターの中で味わうような、内蔵の浮遊感。地上が遠く見えることからの恐怖心、そんな諸々の感覚がはっきりと体の芯に残っているのが感じられる。
なぜそんな夢を見るのか分からない。
でも、昔から鳥を見て、飛んでみたいと思っていたことは確かだ。
さっきの問いに、今現在の私は「水の中に潜れるのがいい」と答える。
理由は、さっきの夢だ。
どうにも、空を飛ぶのは気が引けてくる。夢の中とはいえ、ぼんやりと感覚を知ってしまったから。それに、時には何かに追いかけられて必死に空へ逃げている夢、なんてこともあった。だからやっぱり、空じゃなくていい。
でも、水の中を選んだことにも、理由はある。
水族館が好きだ。あそこにいるのは、落ち着く。
魚というのは他の動物と違って、鳴かない。いつ行っても、どんな時期でも、彼ら彼女らはガラスの仕切りの中でゆらゆら泳いでいるだけだ。いつか、ずっと昔の私はそこに何か、人間にないものを感じていた。
川の流れが好きだ。山から溢れ、蕩々と流れてやがて海へと至る、その流れを見つめているのが好きだ。
海が好きだ。命がそこにある証である、潮風のキツい香りを感じるのが好きだ。その向こうに広がる、地平線まで続く水を見るのは、胸がすく。
自然の水と、そこにいる生き物を見るのが、私は好きだ。
だから、水の中へ潜ってみたい。
ほんの少しではなく、気の済むまで潜ってみたい。そしてもっと水の底深くまで行ってみたい。暗く冷たいそこには、闇以外の何かがあるはずだとずっと考えている。
私の生まれ故郷には、海らしい海がなかった。どこの海も、人の手とコンクリートで開発されていた。
またそこには、空らしい空もなかった。高層ビルとスモッグにいつも遮られていた。
だから、いつかもしあの無邪気な問いが叶えられる日が来たら、その時は海の底へ潜ろうと思う。そして好きなだけ魚たちを眺め、暗闇の中へも行ってみよう。
そして見るだけ見て陸へと戻ってきたとき、そこに綺麗な空があればいい。星の明かりがよく見える、澄んだ空が。
最後に、そんな気分になったときに私がよく聴く曲を、Youtube貼り付けの練習を兼ねてご紹介したい。
THE BLUE HEARTS「星をください」18:49より。