缶コーヒーの、冬

 月の光を見た。

 何よりも、神々しい光だった。

 冬の寒い夜、その冬初めてマフラーを巻いて外出した。どうにも気分が高ぶっていたのだ。バイト先でのこと、代わり映えしない日々、ぼんやりとした将来、何もかもに苛立っていた。

 その夜、世界は輝きに満ちていた。

 本当の月の光は、電球より眩しく、太陽よりも優しい。冬の訪れを感じさせるきりきりと冷え切った空気の中で、その光は何よりも美しく、何よりもはっきりと世界を照らし出す。電気では、闇は映せない。しかし月の光の下では、闇さえその姿を露わにする。

 心が、ゆっくりと冷え切っていく。夜の光は、氷よりも冷たいのだ。

 とりわけその光が美しいのは、月が薄い雲の向こう側に隠れたときだ。その時月の周りに、ぼんやりと丸い虹が浮かび上がる。白銀の月がまとう虹は、そこにしかない幻想を醸し出す。ただただ、美しい風景だった。

 

 道をゆっくりと歩いていく。月の光が作り出した影が、寸分違わず同じペースで私の後をついてくる。微かな風が、首に巻いたマフラーをあおる。前にも後ろにも、誰もいない。こんな遅い時間に外を出歩く人間はまずいない。それが分かっていたから外出したのだ。踏む草が、かさかさと枯れた音をたてる。空に変わらず輝く月と、それを妖しく包み込む雲。その隙間にちかちかと、秋の星がまだ瞬いている。

 遠くにぼんやりと、電気の明かりが見えた。24時間稼働中の、自動販売機。

 私はあの明かりが嫌いだ。それは目に眩しすぎるし、温かみの欠片もない。

 それでもそこは、今は暖かい。暖房があるからだ。

 足取りに意思が宿る。幻想はお終いだ。名残惜しさにもう一度、月を見上げる。

 私の心などお構いなしに、裸の月が世界を見下ろしている。あそこから、地球の青さは見てとれるのだろうか?

 問うまでもない。今は夜なのだから。誰もが、一人きりになる時間だ。それは星々だろうと、例外ではない。

 自然と考えた。

 誰かが隣にいればな。

 誰かの手を握る温かみは、どこへ消えてしまったのだろう。

 自販機で買った缶コーヒーは、大事なものを忘れた私に僅かばかりの慰めを分けてくれた。

 宇宙人の言葉が鼓膜に残っている。

「このろくでもない、素晴らしき世界」

 そうだったらいい。