暗闇の鏡

 何か、好きにやれることを一つ、持ちたいと思った。

 だから、これを書いている。

 

 よく、自分が何人もいるような気分になることがある。

 と言っても、多重人格、みたいな話とは少し違う。

 自分の中に、家が一つあると想像すると、分かりやすくなる。

 そこには、いろんな私が住んでいる。楽しそうに遊ぶ私、静かに本を読んでいる私、なにやら怒り狂っている私、むっつりと黙っている私、寝ている私、歌っている私、何もしていない私、何を考えているのか分からない私まで。そこは実に様々で、実に賑やかだ。

 

 私(たち)は、皆平等に私自身を動かす力を持っている。

 しかし平等であるが故に、誰もが私を動かせるし、誰も動かさないこともある。もちろん寝ているときは、みんな寝ている。誰かが横から主導権を奪うこともあるし、みんなが一致団結して私を動かすときもある。けれどもちろん私を動かしているのはすべて私自身だ。だから、ロボットというのとは少しだけ違う、と思う。

 

 そのたくさんいる私の中に、一人妙な私がいる。

 そいつはいつも、遠くにいる。私の目の届かないところにいつも佇んでいる。

 遠すぎて顔も、体もよく見えない。けれどそれが、私自身だということだけははっきりと分かる。

 そいつはいつも何もしない。遠くの暗闇の中にいるだけだ。

 しかし私は、その私がなぜか恐ろしい。

 そいつは、きっと何か、とんでもないことをしでかすんじゃないかという気がする。

 だから私は、その遠い私を「化物の私」と呼んでいる。

 

 まあ、すべては私のイメージの話だ。実際とは違った、なんてことは十分起こるだろう。そもそもこの話だって、一週間も経てば、なんだこりゃ、となるに違いない。

 しかしさしあたり少なくとも今に限って言えば、私は私自身の内側にそのような世界を見ている。様々な私が蠢いている、私の中の大きな家を。